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面談メモと議事録はAI文字起こしに任せてよいか?士業が先に決める同意・機密・精度の線引き

面談メモと議事録はAI文字起こしに任せてよいか?士業が先に決める同意・機密・精度の線引き

60分の面談が終わったあと、机の上に残るのは走り書きのメモだけ。記憶が新しいうちに議事録に起こそうとして、気づけば夕方になっている。士業の実務で、この時間の使い方に疑問を持ったことがない方はいないはずです。

AIの文字起こしを使えばこれが一瞬で終わる、という話はあちこちで聞きます。実際、当事務所でも面談記録の作成にAIを使っています。ただし、導入していちばん重要だったのはツール選びではなく、「そもそも録音してよい場面か」「その音声をどこに預けるか」を先に決めたことでした。この2つを飛ばして精度の話から入ると、便利さと引き換えに抱えなくてよいリスクを抱えます。

本記事では、録音の同意と機密情報の扱いという前提を先に整理したうえで、録音から要約までの現実的な流れ、精度が落ちる具体的な場面、そして専門家として越えてはいけない線をご説明します。なお、録音の適法性や守秘義務の解釈に関わる判断は、最終的に弁護士等の専門家にご確認ください。

第1章: 最初に決めるのは「録音してよいか」

同意なく録音することの適法性と、事務所の運用は別問題

会話の当事者の一方が相手の同意なく録音すること(秘密録音)について、民事訴訟では、そのことだけを理由に証拠能力が否定されるわけではないという扱いが定着しています。東京高等裁判所昭和52年7月15日判決は、著しく反社会的な手段により人格権を侵害する方法で収集されたものでない限り、無断録音テープの証拠能力は否定されないという趣旨の判断を示しました。

しかしここで立ち止まる必要があります。「違法とまでは言えない」ことと、「士業事務所の運用として適切か」は別の問いだからです。後から「無断で録っていた」と知られたときに失う信頼は、議事録作成の30分では到底取り返せません。当事務所は、録音は必ず事前に口頭で断ることを原則にしています。断言しますが、この一手間を省く合理的な理由はひとつもありません。

同意の取り方は「目的・範囲・保存期間」をひと息で伝える

実務で使っている言い方は単純です。「記録の正確性を期すため録音させていただきます。当事務所内の記録作成にのみ使用し、業務完了後は削除します」。目的・使用範囲・保存期間の3点を面談冒頭で伝え、了承を得ます。難色を示されたら、その場で手書きに切り替えます。同意を取った事実は、案件フォルダのメモに一行残しておきます。

録音しない場面をあらかじめ決めておく

すべての場面で録音してよいわけではありません。当事務所では、第三者が同席し全員の同意が取れない場面、調停や委員会など運営者が録音を禁じている場面を、録音の対象外としています。非公開の審議で録音禁止の運用に反して録音された事案について、東京高等裁判所平成28年5月19日判決は、その録音の違法性が高いと判断しています。「録らない場面を先に決めておく」ことが、判断に迷う時間を減らします。

第2章: 音声をどこに預けるか — 機密情報の判断

音声データは、それ自体が個人情報になりうる

個人情報保護法第2条第1項は、特定の個人を識別できる情報を個人情報と定めています。声そのもの、そして会話中に登場する氏名・住所・資産の内容は、いずれもこれに該当しうる情報です。つまり音声ファイルをクラウドの文字起こしサービスに送る行為は、依頼者の個人情報を外部に提供する行為と同じ重さで考える必要があります。

確認すべきは3点だけ

ツールを比較するとき、当事務所が見ているのは次の3点です。

確認項目望ましい状態
学習利用入力音声・テキストをモデルの学習に使わない設定が可能か
保存場所と期間保存先の国・保存期間・削除方法が明示されているか
削除の実行事務所側の操作で音声とテキストを確実に消せるか

この3点が契約条件や設定画面で確認できないサービスは、無料でも高機能でも候補から外します。判断の考え方そのものは個人情報をAIに入力してよいか?依頼者情報を扱う士業のための判断基準で整理したものと同じで、文字起こしだけを特別扱いする理由はありません。

端末内で完結する処理という選択肢

機微性がとくに高い案件では、音声を外に出さない方法もあります。文字起こしのモデルには手元のパソコン内で動作するものがあり、音声がインターネットを経由しません。処理に時間はかかりますが、「外に出せない音声だから録音自体をあきらめる」という結論を避けられます。クラウドで回す案件と端末内で回す案件の線引きを事務所として決めておくと、現場で迷わなくなります。

第3章: 録音から要約までの現実的な流れ

4つのステップに分ける

当事務所が実務で回している手順は次の4つです。

  1. 録音: 同意を得たうえで、話者に近い位置に端末を置いて録音する
  2. 文字起こし: 音声を文字データに変換する。この時点では話し言葉のままで構わない
  3. 整形: 文字データをAIに渡し、決めておいた項目立て(日時・出席者・依頼内容・宿題事項・次回期限)に沿って並べ替えさせる
  4. 確認と補記: 鑑定士が全文に目を通し、誤変換を直し、聞き取れていない前提や判断を書き足す

重要なのは、2と3を分けることです。文字起こしと要約を一気に任せると、AIが聞き取れなかった部分を文脈で埋めてしまい、どこが実際の発言かの区別がつかなくなります。まず全文を出し、それを材料に整形する。この順序を守るだけで、後から原文にさかのぼれる状態が保てます。

時間はどう変わるか

当事務所の60分面談を例に取ります。これまでは、メモと記憶を頼りに議事録を書き起こすのに90分ほどかかっていました。現在は、文字起こしに10分程度、整形の指示と出力に5分、鑑定士による全文確認と補記に20分で、合計35分です。差し引き55分が、案件そのものを考える時間に戻ってきました。

注目していただきたいのは、削減できたのが「書き起こす作業」であって「確認する作業」ではない点です。20分の確認は減らせませんし、減らしてはいけません。AI活用の効果は、確認工程を残したうえでの数字で見積もってください。

第4章: 精度が落ちるのはこういう場面

4つの条件が重なると一気に崩れる

文字起こしは、静かな環境で一人が明瞭に話す条件では実用に耐えます。崩れるのは次の条件が重なったときです。

条件何が起きるか現場での対処
複数人が同時に話す話者の切り分けが崩れ、発言が混ざる司会役が発言者を整理し、被りを避ける
専門用語・固有名詞が多い「底地」「借家権」「路線価」等が別語に変換される頻出語のリストを作り、整形時にAIへ渡す
マイクが遠い・雑音がある語尾や数字が欠落する端末を話者の近くに置く。空調の風下を避ける
数字が連続する金額・面積・年月日の桁が変わる数字は面談中に手元メモへ別途控える

専門用語は「事前に渡す」で大きく変わる

不動産鑑定の面談では、一般語彙にない言葉が頻繁に登場します。何もしなければ「底地」は「定置」に、「借家権」は「借家券」に変換されます。対策は単純で、事務所の頻出語を50語ほどリスト化し、整形を指示する際に「以下の用語は正しい表記に直してください」と一緒に渡すことです。これだけで誤変換の大半が消え、リストは一度作れば全案件で使い回せます。

数字だけは必ず人が確認する

最も危険なのは金額と面積です。「2億3,000万円」が「2億3,000円」になっても、文章としては自然に読めてしまいます。当事務所では、面談中に出た数値を手元のメモに別途控え、文字起こし結果と突き合わせる手順を組み込んでいます。AIが誤りを自信満々に出力する性質への対処は、ハルシネーションとは?士業業務でAIの誤りを防ぐ検証の型4点でも扱っています。

第5章: 越えてはいけない3本の線

線1: 文字起こしは「記録」であって「議事録」ではない

AIが出力したテキストは、誰が何を話したかの記録にすぎません。議事録とは、そこから何が決まり、誰が何をいつまでにやるのかを専門家の判断で抜き出したものです。この抽出は、案件の争点と依頼者の利害が分かっている人間にしかできません。出力をそのまま「議事録」と名付けるのは、記録と判断の混同です。

線2: 未確認の出力を外に出さない

依頼者や弁護士の先生に共有する文書は、必ず鑑定士が全文を読んでから出します。誤変換が一箇所あるだけで「この事務所は中身を読んでいない」と受け取られます。AIを使ったこと自体は問題になりませんが、確認を省いたことは問題になります。

線3: 評価・判断をAIに書かせない

面談で出た論点に対する見立て、採用すべき手法、価格への影響。これらは不動産鑑定士の判断そのものであり、記録の整形とは性質が違います。AIに書かせて後から直すのではなく、最初から人が書く。ここを曖昧にしないことが、専門家としての線引きです。同じ論点は不動産鑑定士がChatGPTを使う際の注意点でも整理しています。

想定されるケース: 相続案件の初回面談

相続人3名が同席する初回面談を想定します。録音の同意は全員から冒頭で取り、了承が得られない方がいれば録音しません。同意が取れた場合も、文字起こしにかけるのは物件の状況と分割方針に関する部分に限り、家族関係の機微に触れる会話は手書きメモにとどめる運用が考えられます。「全部録って全部AIに渡す」以外の選択肢を持っておくことが、実務では効きます。

まとめ

面談記録のAI文字起こしは、士業事務所にとって効果が出やすい業務のひとつです。ただし効果を出すのは、ツールの性能ではなく、録音前に決めておくルールのほうです。要点を振り返ります。

  • 録音は事前の同意取得を原則とし、目的・使用範囲・保存期間の3点をその場で伝えます
  • 音声は個人情報として扱い、学習利用の可否・保存場所と期間・削除の実行可能性を確認できるツールだけを使います
  • 文字起こしと整形は工程を分けます。確認工程は削減対象にしません
  • 精度が落ちるのは複数話者・専門用語・マイク距離・連続する数字の4条件です
  • 文字起こしは記録であって議事録ではありません。判断と評価は人が書き、未確認の出力は外に出しません

面談や打合せの記録に毎回1時間以上かけている士業・小規模事務所の経営者の方は、まず1件だけ、同意取得から確認までを通しで試してみてください。効果と手間の実感値がつかめます。録音の適法性や守秘義務に関わる個別の判断は、弁護士等の専門家にご確認ください。

AI導入・業務自動化のご相談は、鑑定事務所が自社で使い込んだ経験をもとにお応えします。導入の進め方でお悩みの方は無料相談をご利用ください。事務所でのAI活用の全体像をまとめた資料はこちらからダウンロードいただけます。

吉田 健人

代表取締役社長・不動産鑑定士

吉田 健人

外資IT企業でデータ分析・クラウドサービスの営業に従事した後、不動産鑑定士として独立。鑑定実務とITの両面の経験を活かし、同業の鑑定士事務所のIT化を支援している。

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